雑記ブログ

【2026.02.08】自意識なんぞ信じるなかれ

関東では昨日から雪が降っていて、今朝窓を開けると向かいの家の屋根の色が変わっていて驚いた。去年は確かここまで降らなかったと記憶しているので、久々の景色だ。

我が家では冬場でも暖房を使うという習慣がない。なぜ自分たち自らこんな苦行を強いているのか。夫は本当に我慢強くて(わたしの見解として)、寒くても暖房をつけない。そうするとこちらもその意識に引っ張られてしまい、どうしても大手挙げてエアコンの暖房ボタンを押すことができない。定時になったらまず上司がいちばんに帰ってくれないと帰れないあの空気に近い。夫は昔からそんな空気はお構いなしに、したかったら普通に定時退社するタイプなので、この気持ちは一生相容れないのだろう。

確かに寒いけど、手は動かないけど、足はかじかむけど、自分的にも耐えられないほどでもないなという自認でいたため、わたしの部屋も暖房器具は使わなかった。湯たんぽなどもせず、着る毛布だけ着て過ごしていた。

そして12時になり、昨日の夕飯の残りの胡麻担々鍋を食べた直後に、悲劇は起こった。お腹が冷えた時特有の、激しめの腹痛がわたしを襲ってきたのだ。わたしは慌てて湯たんぽのためのお湯を沸かし、暖房をつけた。結局お腹は壊して数分間トイレと仲良しになったのは言うまでもないが、すぐに対応したためそんなに大事にはならずに済んだ。

おそらく、自分が思っている以上に身体は冷えていたのだと思う。夏でも腹は冷やすなというが、冬場の雪の日なんてなおさら警戒しておけよという話なのだけれども。

自分が脳で感じている温度と実際の冷え具合が違うなんて、もうどう対応したらいいのか。少しでも寒いと感じたら温めはじめなくてはならないのか。よく考えたら、それが普通か。我慢することが当たり前になりすぎているのに対し、体は昔に比べて衰える一方なんだから、もっと自分の体のサインに敏感になろう。思考より、感情の方がずっと正確なことの方が多いのだ。

少しでも寒さを感じたら、暖をとる。こんな当たり前のことが大人になってもできない人がここにいるので、もし悩んでいたら安心してね。大人なんて結局サイズの大きい子どもなんだから。「大人なのにできない」という言葉はなくなっても差し支えないんじゃないかなあと思う、逃げの姿勢の大人です。